韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(1)
韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(2)〜(5)はこちらでどうぞ

2011年04月15日

宮村氏答弁書の要点と異常性

後藤徹氏が宮村峻・潟^ップらを相手取って提訴した拉致監禁訴訟を記録する「拉致監禁by宮村の裁判記録」ブログで、いよいよ宮村氏の答弁書が連載され始めた。答弁書の要点としては、まず第一に、以下の文面に見られるように、後藤氏陣営が主張する拉致監禁の事実について全否定している。

原告は、3項(3)エにおいて、被告宮村について、原告の滞在していた荻窪フラワーホーム804号室に来訪し、原告に対して、「非難、中傷、罵倒を原告に浴びせかけ」て、「棄教強要」をしたと、それ自体著しく事実に反する、抽象的な主張に終始するのみで、具体的な被告宮村の実行行為の内容及び損害との因果関係について、請求を根拠づける事実の主張及び法律上の主張はなく、主張自体失当である。

次に、この裁判について、宮村氏陣営は、以下の文面にあるように、統一教会の拉致監禁キャンペーンの一環と位置づけ、この目的のもとに提訴されたものとしている。
第3 被告宮村の主張
 1 本件訴訟は、原告が所属する統一協会がその組織活動方針として展開している「拉致監禁」キャンペーンの象徴的事件として提起したものである。

4 折から2008年2月、マンションの室内に居すわり続けていた原告が、被告後藤隆らによってマンションの部屋の外に出されたことを奇貨として、これを拉致監禁キャンペーンの中心的事件にすることとし、多くの事実を歪曲、ねつ造して刑事告訴するに至った。
5 この刑事告訴については、平成21年12月9日不起訴となり、原告は検察審査会に申立したが、これも乙第1号証のとおり、不起訴相当の議決がなされている。
6 原告及び統一協会は、何としても「拉致監禁」キャンペーンを継続する必要があって、そのために本件訴訟を提起したのである。

宮村氏答弁書は後藤氏の提訴について本文の最後に「このような不当な目的に悪用するねらいで提起された本件訴訟」と位置づけ、速やかな棄却を主張。統一教会の霊感商法その他の裁判事例を多数掲げ、統一教会を悪く印象付けている。

一読して感じられる点は、以下の通りである。
(1)後藤さんの訴訟は、統一教会のキャンペーンの一環か?
(2)後藤さんを統一教会の活動に追い込んだのはだれか。
(3)後藤さんの人生を奪ったことへの反省はないのか?
今回はこれらの点について検証してみたい。

(1)後藤さんの訴訟は、統一教会のキャンペーンの一環か?

一昨年夏以来の、後藤氏の訪米による米国著名宗教家への訴えかけや、ジュネーブでの人権委員会での報告、外国特派員記者クラブでの記者会見などの活動を見れば、一見、この宮村氏らの主張は的を射ているように見える。だが、米本和広氏の「火の粉を払え」ブログによると後藤氏の拉致監禁からの解放が2008年2月、宮村氏らに対する告訴が同年4月(拉致監禁by宮村の裁判記録)、同年6月荻窪警察署が後藤氏から告訴状を受理、といった流れを知ってみると、この統一教会キャンペーン説は明らかに誤りであることが理解できる。統一教会が後藤氏に積極的に肩入れし始めたのは、2009年夏に文鮮明師の四男文國進氏が号令をかけて以降である。つまり、後藤氏が宮村氏を提訴する動きはすでに統一教会が肩入れする前から始まっていたのである。

それより以前はどうだったのか。筆者が「拉致監禁をなくす会」(小出浩久代表)の役員であったころ聞いた話では、統一教会側は拉致監禁をなくす会のビラ配りなどの活動に冷淡であり、迷惑顔をしたことさえあったという。さらにその以前には江利川安栄会長時代(1998年〜1999年)に「監禁二五〇日証言『脱会屋』の全て」の著者鳥海豊氏を事務局長として「拉致・監禁による強制改宗被害者の会」が組織されたことがあったが、これも鳥海氏が統一教会本部内に事務局を置きたいと申し出たところ、断られたという経緯がある。つまりは統一教会本部は当時それほど本腰を入れていたわけではないのだ。これを統一教会による拉致監禁キャンペーンと呼ぶことができるのかどうか。

以上の点から見たとき、後藤氏の提訴を統一教会による拉致監禁キャンペーンの一環であるとする宮村氏の答弁書は、明らかに誤謬を犯していると言える。少しでも調べれば分かる誤りを、答弁書の根幹に据えるということは、あってはならないことである。

(2)後藤さんを統一教会の活動に追い込んだのはだれか。
宮村氏の答弁書は
原告は昭和62年11月末から、平成7年9月までの間、統一協会の献身者として、その組織活動に専念する生活をしていた。原告は、信者らが共同生活をするいわゆる「ホーム」と称する施設で起居し、一般社会の職に就かず、組織の指示に従ってビデオセンターヘの誘い込みや、物品販売等の組織活動に従事していた。
と統一教会の悪いイメージと後藤氏を結びつけようと躍起となっている。しかし、後藤氏の訴状によると、実は後藤氏が統一教会の活動に熱心にならざるを得なかったのは、拉致監禁のためであることが分かる。訴状によれば
原告は、ホームに帰ってから後は、職場に戻ると再度家族等から拉致されるかも知れないという恐怖心があったため、戻ることができず、大成建設を退社するを余儀なくされた。その後は、信徒組織において献身的に伝道活動や教育活動に従事するようになった。
つまり第一回の拉致監禁の後献身したのは、職場に戻ると再度家族らから拉致されるかもしれないという恐怖心からであった。2008年2月に解放された後はどうであろうか。解放されたのは後藤氏44歳の冬のことであった。つまり、人生の大事な時期を逸した後藤氏は、もはや通常の一般人のようにこの先社会生活を充実させることが難しい状況であったと推測される。彼がそれからの生涯をどう過ごすかということを考えてみた場合、統一教会内で拉致監禁被害者の立場を地固めする以外に、道はなかったものと推測するのが自然である。つまり、就職先の大成建設を辞めざるを得なかったのも、解放後の人生行路を統一教会寄りにせざるを得なかったのも、すべて拉致監禁の結果なのである。

(3)後藤さんの人生を奪ったことへの反省はないのか?

12年5カ月もの間、マンションの一室に閉じ込めた例は他にあるのだろうか。世間を驚かせた新潟の少女監禁事件でさえも9年である。この12年5カ月を、宮村や家族はどう思っているのだろうか。ブログ「統一教会脱会請負人・牧師『宮村峻・高澤守』研究」の連載「検察審査会議決通知書を読む 」を読むと理解できるが、宮村氏陣営はこの12年5カ月を、後藤氏が自分で閉じこもった期間とし、逆に妹がその閉じこもりの被害者であるかのような表現をしているのである。何とも、いやはやである。

以上三点ほど感じたことを記して見たが、とてもまともな感覚で書かれたと思えない。訴訟を通じて統一教会をつぶそうという意図が見え見えである。今後も裁判の行方を注視せざるを得ない。
posted by 原田和彦 at 04:03| Comment(7) | TrackBack(0) | 後藤徹氏裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
正義の仮面が剥がれました、、、

拉致監禁の首謀者、宮村の化けの皮がついに!

http://miyamurakirai.blog104.fc2.com/blog-entry-1.html

http://blogs.yahoo.co.jp/miyamurakirai/4279660.html
Posted by 白い旅団 at 2011年06月07日 02:56
白い旅団様。

コメントありがとうございます。当ブログの管理人が、裁判ブログとの関係で、宮村個人研究の時間がとれずにおります。このような折に貴殿のような方が立ち上がってくださることは、感謝に耐えません。今後ともよろしくお願いします。推薦リンクに入れさせていただきました。
Posted by 管理人 at 2011年06月07日 14:36
 ついにアクセス数が1万件を突破しましたね。
 おめでとうございます。
Posted by 米本 at 2011年06月24日 11:02
犠牲になった妹さん、可哀想に。
でも、
あなたは外に出られたんだから
自分の意思でいたんじゃないの?
それは原告の方との違いね。
Posted by Estuko at 2013年12月07日 13:30
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