韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(1)
韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(2)〜(5)はこちらでどうぞ

2011年03月13日

宇佐美氏のKさん意思確認行為は正当だ

婚約者の意思を確認しなければ、次のステップに進むことすらできない。統一教会,統一協会,救出,相談,相談会,説明,説明会,脱会,説得,宮村峻,宮村
宮村氏に脱会説得を受けた元婚約者Kさんと連絡を取ろうとして探し回った宇佐美美隆氏が、ストーカー容疑で告発されるという、不可解な事件が起きたことを、2月24日付の記事「後藤氏が宮村氏らを提訴、拉致監禁裁判始まる。」の中で簡単にお知らせしておいた。今回は、この事件について、私個人の体験や、NK氏に婚約破棄された菅野江里子さんの例を参考にして、宇佐美氏の行動が正当であることを述べてみたい。宇佐美氏とKさんがその中を引き裂かれた経緯は、私と元婚約者のOKさんが引き裂かれた経緯、そして菅野江里子さんがNKさんと引き裂かれた経緯と全く同じである。つまり、他者によって引き裂かれ、婚約破棄の意思を示された、もしくはその意思を確認したということなのである。他者によって引き裂かれたその愛が、もう元に戻らないものなのかどうか、確認するには、本人に会って話を聞くしかない。私の場合は電話で確認したのであるが、宇佐美氏は本人に直接会って確認した。菅野江里子さんは、本人の声を聞くことをできたのかどうか、定かではないが、1月23日付で報じた「山口広代理人の通知書」でふれた山口広弁護士を代理人としたNK氏からの通知書が梶栗玄太郎・統一協会会長、後藤徹氏、小出浩久・拉致監禁をなくす会代表、フリーランスのジャーナリスト・米本和広氏に送られた時点で、本人の意思と認定せざるを得なくなったのではないか。

この、婚約破棄が、本人の意思であるかどうかということは、今述べた「愛」の確認より以上に、統一教会員にとっては深刻な問題を孕んでいる。それは、統一教会の根本理念である統一原理が、結婚を最も神聖な行為として位置付けているからである。

離婚が当たり前のような風潮となったしまった現代においても、離婚しないで生涯を添い遂げるという夫婦もまだまだ多いのではないかと思う。渉外変わらない夫婦どころか、死後も永遠に変わらない夫婦になるというのが、統一原理の結婚観である。現状は、諸状況により再祝福(二度目の婚約者選び)もありうるのであるが、基本的には、文鮮明師が仲人となって結ばれた二人は永遠の夫婦だと考えられている。したがって、再度文鮮明師に仲人となってもらって、別の婚約者を得るには、前の婚約者の婚約破棄の意思表示を得ることが必要条件となる。しかも、相手側の婚約破棄の意思表示は、本来的には書面によって得なければならない。

このことは、文鮮明師に仲人となっていただいて婚約者を得た統一教会員であるならば、だれでも知っていることである。つまり、相手の意思確認をして、次のステップに進まなければならない宇佐美氏、菅野さん、そしてこの私だけでなく、その相手であるKさん、NKさん、そしてOKさんも知っているのである。そしてこれはまた、宮村氏、山口弁護士をはじめとして、統一教会を研究してきた人たちならば、知っているはずのことである。

米本氏のブログの以下の記述がそれを立証している。

 ここからが、事実は小説より奇なりである。

 宇佐美氏は所在無く、車を走らせた。宮村氏が乗り込んだ車にKさんが乗っていることを知らなかったからだ。
 5〜10分のところにサウナの看板があったので、入店した。1階が受付、2階がサウナ。階段の踊り場の椅子に、しばし茫然と座っていた。

 すると、なんと宮村氏が3人(ないし4人)の女性を引き連れて、目の前を通り過ぎていくのではないか。その中に、Kさんの姿もあったのである。


大好きなタバコを手に携帯で話す宮村峻氏。画像をクリックすればアップできます。

 そのあと、宮村氏と見知らぬ女性の2人で降りてきて、女性が金切り声で「ストーカーで訴えてやる」と話し、宮村氏は「おまえ、こんなとこで、何してんだ」
 宇佐美氏は、女性から写真を撮られたが、抗議することなく、ただ沈黙したままだった。

 彼は<早くKさんの気持ちを知りたい。そして気分をすっきりさせたい>と思った。
 そこで、風呂場に入り、勇気を出して、宮村氏に声をかけた。
「Kさんと話をさせて欲しい」
 宮村氏の答はノーだった。

 男同士の裸の対決?は無残だったが、宇佐美氏は諦めきれず、風呂から出て、一階の受付そばのソファーで待っていた。
 すると、偶然にもKさんが一人で降りてきたのである。
 お互いに顔を合わせたのは、実に3年振りのことであった。

 1分間話したという。
 Kさんは「もう終わったのよ。一昨年の秋、手紙を出したじゃないの」と話した。
 顔つきは以前の彼女ではなかった。
 それで、Kさんは自らの意思で婚約を破棄したのだということが分かったという。

そして、それ以降、宇佐美氏はKさんを探すことをやめたのである。

私の経験にしても、1989年の5月の連休中に元婚約者のOKさんが拉致監禁され、妹さんや拉致監禁に怒りを感じている信者仲間に場所を突き止めてもらい、6月半ばに弁護士を連れて現場に救出に行った。が、その時、立ち会った警察官を通して、私とは会いたくないというOKさんの意思が伝えられ、それを持って法的な救出作業は終わった。そして、その年の夏、私はOKさんの実家に足を運んだ。ダメでもともとという気持ちもあったが、改めて実家のご両親に、OKさんをいただきたいと申し入れたのである。OKさんが教会から実家に戻って拉致監禁されてしまったのも、もともとは私がご両親にあいさつに行きたいとOKさんに提案したからである。拉致監禁、および救出失敗の後ではあったが、ごあいさつに行ったのは、最後まで筋を通したいという思いがあったからだ。それで、自分として相手側のご両親に対してできるだけのことはしたという気持ちが生じ、相手側のご両親に対する気持ちは吹き切れた。

だが、OKさんの意思を確認したいという気持ちはまだまだ消えなかった。OKさんの実家を訪れた際、折悪しくOKさんは不在で、OKさん自身の気持ちを聞くことはできなかったのである。自分のできる範囲のことで、例えば私の住んでいた地域内で、似たような人を見かけてはその人のアパートを訪ねてみたり、通勤電車の中で後ろ姿の大変よく似た人を見ては、声をかけたりした(同じ人に二回も声をかけてしまって、睨まれるという失敗を犯したことあった)。しかし、そういったことも、1992年の3万組の国際合同結婚式の前に、OKさんの実家に電話をして、OKさんの肉声を聞いたのちには終了した。このとき電話したのは、ずっとOKさんを待っていて、この先私の生存中に結婚生活に入ることができるのか、それよりも意思を確認して次のステップを踏んだ方がいいのではないのか、と葛藤したからである。

菅野江里子さんにしても、相手側の親族にたいそう怒っているということを仄聞したことがある。菅野さんがNKさんに対してではなく、親族に対して怒りを感じるというのは、尋常なことではない。やはり愛を引き裂かれたという思いが強いのであろう。NKさんに対して、婚姻を履行するよう弁護士を立てて交渉したこともあるという。これに対してNKさんも弁護士を介してその意思がないことを伝えてきたという。なぜ菅野さんが、弁護士を立ててまで意思を確認しなければならなかったのか、なぜNKさんが直接にではなく弁護士を介して婚姻の意思がないことを伝えなければならなかったのか。本人同士が話し合い、菅野さんが、書面を必要としているならば、NKさんは祝福は気の意思を書面で示してあげればよかっただけのことではないだろうか。

宇佐美さんの元婚約者Kさん、菅野さんの元婚約者のNKさん、私の元婚約者のOKさん……ともに共通するのは、拉致監禁という非条理な暴力行為によって愛を引き裂かれ、しかもそれは当人である宇佐美さんら3人はカヤの外におかれた形で、当人らの意思とは全く無関係に行われたものである。そして婚約の無効が、これまた本人同士の意思とは無関係に、本人同士の話し合いの場がもたれることもなく(つまり婚約破棄が婚約者本人からの意思表示であるという確認もできずに)、宣言されてしまうのである。これでは、婚約破棄された立場の宇佐美さん、菅野さん、そして私のような立場の人間が、なんとしても本人に確認したいと焦るのは当たり前ではないか。婚約破棄が当人の意思であるということがはっきりすれば、破棄された側の立場の人たちは次のステップに移ることもできる。ところが、婚約者本人の意思を確認することもできず、したがって次のステップに移ることすらできないという立場に、宇佐美さんたちは置かれてしまうのである。これでは宇佐美さん、私、菅野さんサイドも、なんとしても本人と連絡をつけなければと焦るのは当然ではないか。

宮村氏も、山口弁護士も、そのあたりは熟知していることであろう。そして何よりも、婚約者本人がよく知っていることである。宮村氏、山口氏らが、本人同士の話し合いを妨害しているとするならば、それはカウンセラー、弁護士という立場を超えた行き過ぎの行為である。またKさん、NKさん、OKさんが脱会届を書き、それを持って婚約者への通知も兼ねさせているとするならば、そこには、婚約者当人には会いたくない(事実OKさんは警察にそう語った)、つまり婚約破棄を直接伝えたくないという気持ちがあるのであろう。仄聞するところによれば、拉致監禁被害者のもっとも大きなトラウマの一つは、この元婚約者の問題であるという。単に、統一教会は間違っていた、だから婚約も間違っていた、というのなら、それほど大きなトラウマも生じないであろうし、婚約破棄の意思表示などチョチョイノチョイであろう。そうでないところに拉致監禁被害者の、大変な苦悩があるのである。つまり、拉致監禁被害者は、婚約破棄による次のステップには進みたくない、ただ、このことはなかったことと忘れるしかないという立場にあるのだ。しかし、忘れ去られようとしている相手方である宇佐美さん、菅野さん、そして私のような立場の者たちは、次に進むステップのためにも、婚約の意思、祝福を守り抜く意思があるのかないのかを確認しなければならないのである(できれば書面で)。
posted by 原田和彦 at 09:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 宇佐美氏の不当逮捕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お互いにとって、どちらも不幸であります。第三者に踏みにじられ引き裂かれ一番大事な当事者同士の話し合いなしに婚約不履行。どこの世界にこうなバカげたことが成立するのでしょうか?
Posted by 小川 at 2011年03月14日 11:32
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