韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(1)
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2010年12月31日

写真を見れば一目瞭然の食事制裁

検察審査会議決通知書を読む(15)─「拉致監禁をしていない」のに12年も犠牲になった家族の怪統一教会,統一協会,救出,検察審査会,相談,相談会,説明,説明会,脱会,説得,宮村峻,宮村
検察審査会議決通知書の検討もすでに14回を超えた。これほどの回数を重ねるとは、当初予想していなかったが、読めば読むほど、検討を重ねれば重ねるほど異常な趣旨の文言が発見されて、ここに至った。さて、今回はどうだろうか。それがまた、読み進むとすぐにおかしな文章が出てくる。「脅迫して棄教を強要したとする申立人の主張は疑問である。」という文章がそれに当たる。
申立人は、被疑者等から統一教会の信仰を捨てなければ監禁を継続する旨脅迫され、棄教を強要されたと主張する。
被疑者等は、統一教会を批判したり、棄教や脱会を強要した入りしたことは一度もない。そのようなことは本人の信念を否定し、意思を無視することになり、人間関係を壊す結果、却って申立人の気持ちを頑なにし、逆効果になるからであると述べている。
妹が、「こんな調子なら永遠にこのままだから」といった趣旨の事を言ったことがあるが、それは申立人の不真面目を批判し、申立人に真剣に考えてほしい、家族が申立人のことを真剣に考えているということを知ってほしいという趣旨で言ったものであり、それ以上の深い意味はないと述べている。
検討した結果は次のとおりである。
兄は申立人の求めに応じて統一教会の本を購入していること。また統一教会の勉強をすることは自由で、申立人は統一教会の教義である統一原理をノートに記載してまとめる等しており、これらをまとめたノート、メモ帳等は数十冊と多数であること、早朝祈祷をしても制止されたことはなかったこと、兄、兄嫁、妹も統一教会の信者であったことから、強要して棄教をすることができないということは十分承知していたことなどの理由から、脅迫して棄教を強要したとする申立人の主張は疑問である。
通知書はこの検討結果についての説明で、「兄は申立人の求めに応じて統一教会の本を購入していること。」と記している。通知書はその直後に「また統一教会の勉強をすることは自由で、」と記しているが、ここに違和感を感じるのは、筆者一人ではあるまい。統一教会の勉強をするのが自由であるならば、なぜ後藤氏は兄に統一教会の本の購入を求めなければならなかったのだろうか。理由は、お金を取り上げられているからである。勉強は自由であると言いながらも、そのための書籍を購入するお金は取り上げているというのでは、その被疑者の証言は詭弁であるとしか言いようがない。書籍だけでなく、鉛筆一本、ノート一冊すら被疑者らに依頼しなければ購入できない状況は、自由とは言い難く、明らかに統制されている。

「統一教会を批判したり、棄教や脱会を強要した入りしたことは一度もない。そのようなことは本人の信念を否定し、意思を無視することになり、人間関係を壊す結果、却って申立人の気持ちを頑なにし、逆効果になるからであると述べている。」という被疑者らの主張を勘案しているが、これも拉致監禁問題について全く無知な検察審査会メンバーの誤認であったことは、これまでの連載から理解できる。特定集団を「破壊的カルト」と断定し、そこからの救出はカウンセラーの指示に従って行うことを親に決断させるこの救出劇は、この被疑者らの文言を真っ向から否定するものだからだ。つまり、実際に行ったことと、検察等で証言する内容は食い違っており、ある意味で“偽証”ともいえるこの証言を考慮に入れたということは、第四検察審査会の最大の失点であると言ってもよい。

また通知書では「兄、兄嫁、妹も統一教会の信者であったことから、強要して棄教をすることができないということは十分承知していたことなどの理由」から強要はなかったとしているが、これには根拠がない。元教会員が他の家族の信者の脱会説得に訪れていることは、多数の事例から明白だからだ。これまで指摘してきたような監禁現場で、脱会説得を行うということは、自由な場所での脱会説得とは全く意味合いを異にする。説得される側がそこから立ち去ることも自由な場所での脱会説得は、日本国憲法でも保障された自由の範囲内の活動だが、説得される側がそこから立ち去ることのできない環境下での脱会説得は、そのこと自体が「強要して棄教」させる行為なのだ。従って、この被疑者らの主張もまた、前段で指摘した内容と同じく、限りなく“偽証”に近い内容となり、ある意味で検察及び検察審査会を侮辱する内容になっている。

さらに、通知書では妹が後藤氏に発言したという「こんな調子なら永遠にこのままだから」という文言について触れ、それは後藤氏の不真面目を批判して、申立人に真剣に考えてほしい、家族が後藤氏のことを真剣に考えているということを知ってほしいという趣旨で行ったものだという被疑者らの主張を掲げている。掲げること自体は問題はないが、この主張にまたおかしな論理があるということに検察審査会メンバーが気づいていない点が不可思議である。

「永遠にこのまま」という言葉の意味を、審査会メンバーはどのように捉えたのだろうか。拉致監禁されていない、自由な場所での脱会説得であるならば、「永遠にこのまま」という発言は出てくるはずがない。また妹からそう言われたとしても、後藤氏の方もそのままで結構ですよということになり、争点になりえようがない。争点になっているのは、「永遠にこのまま」という言葉が後藤氏にとってかなりの心理的圧迫(だけではなく身体的圧迫ということにもなるのだが)になったからこそだ。また、まじめに考えてほしいというその内容は何かというと、脱会してほしいということだ。脱会して欲しいと言うことを、マンションを転々と変えながら、延々と12年間にも渡って説得しているわけだ。このマンションの選択も、後藤氏が希望してのものではなく、宮村氏の意向を受けた家族側からの強制である。12年間もマンションを転々とさせられながら、就業することもできず、脱会説得を受け続けた後藤氏の心境は、推察するにあまるものがある。その後藤氏に対して発せられた「永遠にこのまま」という言葉は、後藤氏にとって錐で突き刺されたような心の痛みをもたらしたことであろう。

次に通知書は「逮捕監禁致傷罪」の項目の中で、後藤氏のハンガーストライキ及びその後の被疑者らによる食事制裁の問題について触れている。
申立人は、逮捕、監禁により全身筋力低下、廃用性筋委縮、栄養失調の障害を負った。1回目の断食の時は問題はなかったが、2回目の断食の後、約7ヵ月間は少ない重湯とお粥しか与えられず、その後、普通の食事に戻ったが、3回目の断食の後、約70日間、重湯とポカリスエットしか与えられず、その後も粗末な食事を出されていたと主張する。
被疑者は、2回目の断食終了直後の申立人の体重は45キログラムだった。断食の期間が長ければ長いほど普通職に戻すまでに時間が必要であり、食事は栄養バランスを考えて作っていたと述べている。統一教会のホームページや宣伝のビラで申立人の写真をみたが、申立人が風呂に出入りするときにパンツ一丁で出入りしている姿を見ているが、あのように痩せてはいなかったと述べている。
検討した結果は、次のとおりである。
入院した一心病院の内科病歴要約には、申立人の体重は39.2キログラムとあるが、同病院の医師作成の診断書には、[脱水が改善したと思われる入院後5日目でも体重は52.1キログラム」とある。栄養管理計画書の入院時栄養状態に関するリスク欄には、体重38キログラムとの記載が53キログラムと訂正されている。
一心病院が作成した診療録等を検査した大学病院の医師の報告によれば、2月11日に体重が39.2キログラム、2月17日が52.1キログラム、2月24日が51.1キログラム、2月27日が53キログラムとなっているが、2月11日から6日後に12.9キログラムも増加するということは考えられず、体重値が誤っていると判断している。また一心病院で体重測定に立ち会った看護師は、体重を測る際、体重計に乗ったのち、倒れないよう手を貸したまま測定したと述べていることなどから、39.2キログラムとした測定結果には疑問がある。看護基礎情報では、入院時診断が「栄養失調」と記載され、身長の記載があるのに、栄養失調に重要な情報である体重欄の記載は空欄となっているのも不可解である。
栄養失調の点について東京警察病院の管理栄養士によれば、後藤家での食事は、必要カロリーからは不足しているが、基礎代謝が著しく低下していると思われるので、外出せず、運動量が少なかったこと等から消費カロリーが通常より少なかったとすれば、直ちに健康を害するほどのカロリー不足だったとは思われない。血液検査の結果をみる限りは、深刻な栄養不足状態であったとは思えないと述べている。
少々長く引用したが、この文章と、米本和広氏の「火の粉を払え」ブログに掲載されている写真を見比べてほしい。拉致監禁から解放されて二日後とみられるこの写真と、上記検察審査会通知書の記述が釣り合っていると思う人はいないだろう。

反対派の中には、病院側の体重の測り方についての疑義を呈したり、病院の中でさらに絶食したのではないかとの推測をしたり、果ては写真の偽造まで疑う意見が飛び交っているが、写真の偽造などは議論する価値もない。また病院の中の絶食は、もともと入院時にいのちの危険から緊急入院したのであるから、病院内での絶食はありえない。またかりにそのような造作をしようとしても、二日間ではそれほど変化は期待できまい。唯一議論の対象になりそうなのは体重の測定の仕方についてである。が、体重計がデジタル体重計であったとしても筆者が調べた限りではその誤差はせいぜい2キロ程度である。39キロが41キロであったとしても、後藤氏の命が危機的な状況にあったことは変わりがない。

また検察審査会通知書は最後に以下の文章をもって、このような家族を思う被疑者たちが後藤氏に障害を負わせるはずがないと断定している。
兄、兄嫁は平成7年1月に結婚した。夫婦はその8カ月後から申立人の生活で別々に生活することが多く、新婚生活らしい生活をすることができなかった。
妹は29歳から41歳まで申立人と一緒の生活をしてきたが、友人と遊ぶことも、仕事も恋愛もできず、非常に長く苦しい期間であったと述べているが私たちの全てをかけた12年間に後悔はないとも述べている。
母は、一緒に生活していたときに申立人が使っていた品物を自宅に持ち帰り、その品物を見るたびに申立人を思い出す。今頃どこで何をしているかしら。ちゃんとご飯を食べているのかしらと心配でたまらない。大切な息子が自分自身の人生を大事にして、ただ幸せに生きてほしいと母として願っていると述べている。
ちょっと待ってほしい。もともと被疑者たちは後藤氏を拉致監禁していないと主張しているのである。後藤氏が自由意思で、家族の提案を了承して自分で住所を転々として、自分で仕事にも就かないで過ごしてきたと。ならばこの被疑者らの主張は到底納得できないものではないか。

後藤氏が自分で引っ越していった先のマンションに妹が29歳から41歳までの期間、仕事も恋愛も犠牲にして同居したというのだ。拉致監禁ではなく、後藤氏の監視をしていないのなら、なぜ、そんな必要があるのだろうか。被疑者らに勧められたとはいえ、後藤氏が自分で選んだライフスタイルに、新婚間もない兄嫁が夫である兄との別居生活を強いられ、新婚生活らしい生活をすることができなかったと。なぜ? 自分で生活している後藤氏のところに勝手に転がり込んできた母親が、その当時の品物を見るたびに後藤氏を思い出して悲嘆にくれているというのだ。なぜ? むちゃくちゃおかしな話ではないか。

検察審査会の通知書の底部に流れている被疑者の主張が正しいという視点に立つならば、家族からの提案はあったものの、拉致監禁されていない後藤氏が了承して新潟に移り、また後藤氏が了承して東京の荻窪でマンションを移ったということになる。その後藤氏の生活にそこまで自分を犠牲にして同居する必要はないはずだ。というか、ありえないことだ。第四検察審査会の方々に聞いてみたい。後藤氏は拉致監禁ではなかったとする被疑者らの主張が正しいとすれば、後藤氏のために犠牲になって耐えたこの期間であったという被疑者らの主張は真っ赤なウソになるのだが、どう解釈しているのだろうか。

検察審査会の議決通知書の内容の検討は以上で終わるが、最近新たに発見した宮村水茎会のマニュアルとの比較検討、また検察審査会通知書に関するいくつかの疑問が残っている。来年はこの点に焦点をあてる予定である。読者の方々にはもう少しこのシリーズへのお付き合いをお願いしたい。
posted by 原田和彦 at 14:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 検察審査会議決通知書を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
原田さん、
毎回、興味深く読んでいます。私が、頭の中で漠然と、「これは、おかしい。」と思っているところが、そして、自分では、そこまでうまく反論できなくて、もどかしく思っているところ、あるいは、自分でも気が付いていなかった部分が、文字になって明確になっているのが嬉しいです。漠然と「おかしい」と思っているだけでは、人を説得できませんからね。次の記事、楽しみにしています。
Posted by Yoshi at 2011年01月01日 15:52
Yoshiさん

コメントありがとうございます。検察審査会の議決通知書についての細部のチェックは終わりましたが、全体的におかしいなと思っている部分について検討します。全体がA4用紙にしても10ページに及ぶ通知書って、長すぎます。また水茎会での宮村氏の指示と、通知書での被疑者地の発言が食い違っている部分があって、どうなんだろうという疑問をもっています。これらについて今後数回にわたり書きます。
Posted by 原田和彦 at 2011年01月02日 19:09
無茶苦茶な論理

<後藤氏が自分で引っ越していった先のマンションに妹が29歳から41歳までの期間、仕事も恋愛も犠牲にして同居したというのだ。……むちゃくちゃおかしな話ではないか>

私もそう思います。無茶苦茶ですね。
後藤氏を監禁していない、後藤氏が自由意思でそのマンションにいた、というのなら、なぜ、就職もせず、テレビも何もない部屋にずっと閉じこもっていたのか。また、12年後に統一教会本部に行かなければ(逃げ込まなければ)ならなかったのか。全く説明がつきませんよね。

本当に、この議決文を書かせた人、書いた人たちの顔を見てみたいです。よくもこんな無茶苦茶な文章を作れるもんです。頭がどうかしてますね。

追伸、今年もブログ読ませていただきます。頑張ってください。
Posted by みんな at 2011年01月05日 08:24
みんなさん

12年5ヶ月も自由意思でこもっていたというならば、そういう人は異常な人と見られます。後藤さんはそんな異常者ではありません。が、百歩譲って通知書で描かれている後藤さんのイメージに沿うとすれば、今度は、そのような人は医者に相談して精神病院に入れるとか、公的機関に相談してそういう人のための施設に入れるなどするはずです。そういう人のためにほぼ同期間、恋愛も結婚も犠牲にして同居する、あるいは新婚ほやほやの女性が新婚生活を犠牲にするということがまた異常なことになってしまいます。全く、どうかしていますね。後藤さんの両親や兄嫁、妹の12年5ヶ月は。どうかしていないとすれば、拉致監禁以外にないという結論が出てきます。そうすると、今度は検察審査会の議決自体がおかしなものになってきます。
Posted by 原田和彦 at 2011年01月05日 11:38
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