韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(1)
韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(2)〜(5)はこちらでどうぞ

2010年12月03日

手順を踏まないのにハンガーストライキを断食と呼ぶ矛盾

検察審査会議決通知書を読む(11)─報告のない断食は行ではないのに、断食と偽証する被疑者ら統一教会,統一協会,救出,検察審査会,相談,相談会,説明,説明会,脱会,説得,宮村峻,宮村
これまで見てきたことから理解できることであるが、検察審査会メンバーは、この手の拉致監禁問題に関して全く知識がないことが分かる。かなり長文になると思うので、気長に読んでほしい。まず第一に、偽装脱会という手段をとる以外に、脱出の道がないということを理解していない。以下の検討結果についても、そのことを立証するかのような文言が並んでいる。
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後藤氏が監禁されていた荻窪フラワーホーム
父と最後の対面をするためにパレスマンション多門を出る際、申立人は自分で身支度をし、自分で車に乗っていること。パレスマンション多門に戻るつもりだったので財布、自動車運転免許証を置いてきたと述べていること。これらの事実を考慮すると、父との最後の別れの日に逃げるという考えを持っていたということには疑問がある。
財布、運転免許証をマンションにおいてきたのだから、一円のお金も持たない状態で、その身一つで逃げ切れるかどうか。周囲に助けを求めて、警察を呼んでもらっても、本シリーズ4回目の「15年前のある日の夜に靴を履いたかどうかの記憶を問う検察審査会の非常識」で紹介した米本和広氏のブログ「火の粉を払え」の記事のように、警察は家族の問題と言って取り合わない。となると、あとはまずは必死の追いかけっこで家族・親族を振り切って逃げ伸び、落ち着いたところでヒッチハイクするしか手立てはない。現実的には逃げおおせるとは思えない。さらに、この時新潟に置いてきた免許証、財布は、最終的に餓死寸前の状態で追い出されるまで、返してもらえなかったという。窃盗罪で告訴できなかったであろうか。

また、通知書ではふれられていないが、米本氏の「火の粉を払え」ブログの後藤徹の陳述書(5)によると、この時もまた後藤氏は後部座席の真ん中に座らされ、両脇を妹、元信者男性で固められている。本シリーズのうちの
    車内では両脇を挟まれて座らされたとの点は、被疑者等がそのような認識はないと述べていることや、ワゴン車の乗車人員を考えると、真ん中に誰かが座らなければ全員が座れないという物理的な事情があったものと考える。
という通知書の言葉がむなしく聞こえる。二回続けての「たまたま」はだれにも信じられないだろう。

次に荻窪プレイスマンション605号室(での拉致監禁)について検討する。通知書では
申立人の供述調書には、「トイレに行った際に家族の隙を見てカーテンを払って玄関をみたところ、番号のついた鍵が見えた感じがした」と述べており、玄関の鍵の状態がどのようになっているのか確認しておらず、推測による主張に過ぎない。
ここは今回はかなり問題となる個所であろう。場合によっては、検察審査会のみならず、検察の尋問さえも問題となりそうなところである。米本氏のブログの後藤徹の陳述書(5)では
同室の玄関ドアは内側から特殊な鍵がかけられていました。また、窓からは脱出できるような高さではありませんでした。
となっている。また「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」の後藤氏の反論文でも
 荻窪プレイスマンション605号室の玄関ドアの鍵について、検察審査会は私の供述調書に、「番号の付いた鍵が見えた感じがした」と記されていると述べていますが、私は番号の付いた鍵をハッキリと見ており、「見えた感じがした」という程度のものではありません。このことは、警察での取調以来、終始証言してきました。
と後藤氏は書いている。ここではやはり前回記事の最後に書いた
データ改ざん、調書捏造…後藤氏の取調べ調書が、後藤氏の現在の発言と微妙に違うのは、そのあたりにあるのかもしれないと思うと、ぞっとする。後藤氏、検察を告発してはいかが?
という一文を想起してしまうのである。警察の取り調べ以来、終始一貫して鍵をはっきり見たことを証言してきたという後藤氏の主張が本物なら、供述調書の開示を求めるべきであると思う。本人がテープなど取っていないかもしれないので、証明することは難しいだろうが、検察はこんなことをするんだ、と後藤氏が怒りに震えるようなことが出てくるかもしれない。ここは今後後藤氏が法廷闘争を行うなら、一つの焦点になるだろう。さらに続く以下の通知書の文章も、いかにも踏み込み不足の感を否めない。
このマンションには9月22日から12月末までの期間住んでおり、申立人と一緒に住んでいた家族は、母、兄、兄嫁、妹であるが、母は最初の1ヶ月間は葬儀等の後始末で実家にいた。兄は昼間の時間は仕事で不在で、かつ埼玉の自宅との生活が半々の割合であった。
昼間の時間、兄が不在であるということ、3人の女性のうち買い物等で誰かが外出すれば、部屋の中を自由に動き回ることができたこと、これらの事実を考慮すると、これで監禁されていたと言えるか疑問である。
後藤氏によれば、「内側から特殊な鍵」(番号のついた鍵)をはっきり見ているのだから、番号を合わせなければ玄関は開かない仕組みになっていたわけだ。すると、以前にも書いたが、番号を知らない後藤氏にとっては、たとえ監視の女性が一人であったとしても、脱出が不可能ということになる。またこの時期は、偽装脱会を試みていた時期でもあるので、確実に脱会できる機会が来るまでは、脱会するそぶりを見せてはならない。つまり普段は脱会の意思を感じさせるような行動はしないよう自重していた時期である。このことを理解できない検察委員会の審査員は、事態を正しく認識できていないのである。

1997年12月末、それまで監禁されていた荻窪プレイスマンションから荻窪フラワーホーム804号室へ移動させられる。1995年9月に実家で拉致されてから、実に2年3カ月が過ぎていた。この間、ずっと監禁されっぱなしであったかと思うと、想像を絶するものがある。
引っ越しは母、兄、兄嫁、妹のほかに男性3人がいたが、申立人を縛る等して身体を拘束しない限り、たとえ家族4人が取り囲んだとしても、街中での闘争を防止することは困難である。男性はマンションの前におり、申立人に付き添ってはいない。
と通知書は書いている。だが、この時期はまだ偽装脱会中であること、運転免許証、財布等を新潟のマンションに置いてきたことを思い起こすと、逃げ出せるわけがない。警察に通報しても、家族の問題と言われて保護してもらえない、運転免許証がないので車では逃げられない、駅のすぐ近くではあるが、通行人にお金を借りなければ電車には乗れない……これでは、逃げられるわけがない。走って逃げたとしても、運動不足は否めず、すぐにつかまってしまう公算が大きい。となると、自由であるように見えても、実際には拘束されているのと同じなのだ。

荻窪フラワーホーム804号室については、玄関ドアの取っ手の部分には鎖が掛けられ、その腐れをつなぐ形で南京錠が取り付けられたため、内側から開けることはできなかった。また、後藤氏は拉致監禁した者たちに監視されていて逃げだせなかった。また平成13年2月の1ヶ月間、外に出ようと激しく行動したが、拉致監禁側に実力で阻止された。玄関ドアのチェーン上にその長さを短くするために南京錠がかけられ、、窓のクレセントが鍵のかかるものに取り替えられ、玄関とリビングの間の扉を鍵のかかるドアノブに取り替えた。
南京錠は、入居前に取り付け、取り外した時期ははっきりしないが、遅くとも平成10年5月のゴールデンウイーク前である。付けた理由は統一教会の信者が、親らと一緒にいる信者を奪還するためにチェーンカッターなどでドアチェーンを切断する等して家の中に入ってきて、信者を奪還するということを聞いていたので、それを防止するためにチェーンを短くしたものである。今まで住んでいたマンションに南京錠をつけなかったのにつけたのは、奪還する信者の住居を突き止める方法として、牧師等を尾行するということであるが、荻窪プレイスマンションでは、家族以外は出入りしていなかったこと、荻窪フラワーホームは統一教会杉並教会から徒歩で5分と近い場所にあり、被疑者宮村を尾行してこのマンションを奪還の可能性が高かったので設置したものである。
……中略……
奪還防止のためとの被疑者の主張については、現実に統一教会の信者が、牧師を尾行して住居を突き止め、信者を奪還のためにドアチェーン錠を破壊して住居に侵入したという事件があったことから、被疑者の主張が不当なものとして否定することはできない。
ここで、南京錠をつけた理由として、統一教会の信者が拉致監禁被害者を奪還することを防止するためとなっている。ここを記憶にとどめておいてほしい。今後検討するハンガーストライキの際に、この理由とハンガーストライキに関する被疑者らの見解とが、大変な矛盾を生じさせるからである。それはそうと、この南京錠設置については、後藤氏は以下のように反論している。少し長いが、引用する。
荻窪フラワーホーム804号室の監禁状態について、被疑者等も玄関のドアチェーンに南京錠を付けていたこと、窓を特殊な鍵で施錠していたことを認めています。しかし、付けた理由として統一教会の信者が、親等と一緒にいる私を奪還するためにチェーンカッター等でドアチェーンを切断して家の中に入って来て、私を奪還するのを防止するためだったと供述しています。そして、両者の供述に対し、検察審査会は、被疑者等の供述を採用しています。
 被疑者等によるこの供述は、はなはだしい詭弁です。
 第1に、防犯チェーンを切断されるという事例など存在しません。また、防犯チェーンを切られるなどというのは、外から誰かが来た時、玄関ドアを開けた場合に可能となることであって、玄関ドアを開けさえしなければ、防犯チェーンを切られることなどあり得ないのです。従って、防犯チェーンを外から切られることの対策としては、防犯チェーンに南京錠を掛けることに意味はありません。むしろ、中にいる人間を外に出さないためにこそ、防犯チェーンに南京錠を掛けることの存在意義があると言えます。自称脱会説得の専門家達(私の事件の場合は松永堡智と宮村峻)が信者父兄から依頼を受け脱会させるための指導、教育をする場合、逃走防止、すなわち監禁目的で鎖と南京錠による玄関ドアの施錠や特殊な鍵による窓の施錠を行わせることは周知の事実です。このことは、拉致監禁による強制棄教を主導してきた人物たちによる法廷での証言や著書で彼ら自ら証言していることであり、疑う余地がありません。にもかかわらず、被疑者等は統一教会からの奪還を防止するためなどと主張して他人のせいにするなど、極めて悪質な詭弁であると言わなければなりません。
 また第2に、防犯チェーンに南京錠を掛けた目的が何であれ、そのことの結果として、部屋の中にいた私が閉じ込められた状態に置かれた事実に変わりはありません。検察審査会の認定は、統一教会からの奪還を防ぐ目的であれば、中にいる信者を監禁しても構わないと言っているがごとくですが、中にいる人間の意思こそ尊重されるべきであるはずです。

確かに、防犯チェーンを外から切られるのを防止するのに、なぜ南京錠が有効なのか、理解に苦しむ。南京錠をかけるとしたら、目的は一つしかないだろう。つまり監禁である。またこのころ、後藤氏は偽装脱会をあきらめ、以前信仰を持っていることを家族に告げる。この後、後藤氏は偽装脱会をあきらめ、脱出を試みるようになる。この脱出への挑戦については、以下のごとく通知書は書いている。
平成13年2月の騒ぎは、監禁に抗議するというものではなく、そのころ申立人があまりにもふまじめな態度であったことから、話しかけないようにしていたことがある。それで申立人がイライラするようになり、大声を出したり、障子、ふすまなどを壊して暴れたのである。その際、近所迷惑になると制止したが従わず、それで座布団やタオルで口を塞いだことはある。申立人が外に出たいと言ったことはないし、玄関に行こうとしたこともない。平成16年ころは、兄嫁と妹の2人で申立人の手を引っ張って力づくで外に出そうとしたことが何回もあったが、申立人が頑として座ったまま動こうとしなかった。何とか申立人を外に出そうとしたが引き籠って外に出ようとせず、申立人とどのように接したらよいのか悩んでいたと述べている。
しかし、これは後藤氏によると、大変なウソである。これは明確に拉致監禁への抗議行動であったという。以下、また少し長くなるが、重要な部分なので、「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会 」から引用する。
 私は拉致監禁下での被疑者等による執拗な脱会強要に抗議して何度も口頭で解放するよう訴え、時に実力行使で脱出を試みましたが、その度に被疑者等から暴言を吐かれ暴力で取り押さえられ精神的肉体的に虐待を受けました。
 これに対して被疑者等は、統一教会を批判したり、棄教や脱会を強要したりしたことは一度もなく、私が「出せ」と言ったこともないし、玄関に行こうとしたこともなく、逆に私を外に出そうとしたが拒否したと述べています。
 両者の供述に対し、検察審査会は、ここでも被疑者等の供述を採用しています。
 事実は、私の供述の通りであり、被疑者等の供述は全くのウソであります。犯した罪から逃れるために、ここまで虚偽の供述をするとは、被疑者等には良心の呵責というものがないのでしょうか。
事実は以下の通りです。私の陳述書の抜粋です。
 804号室にて信仰を維持していることを表明して間もない頃、私は脱出を試み玄関に向かって行きました。ところが、兄から足技を掛けられて倒され、取り押さえられました。玄関ドアに南京錠及びチェーンによる施錠があるだけでなく、力づくで脱出を拒まれたことから、私は同室からの脱出を断念させられました。
 私は宮村等に対しても、「ここから出せ!」「あんたら、統一教会は人権侵害をしていると言うが、統一教会は人を監禁したりしないぞ!あんたらの方が人権侵害をしているじゃないか!」「信教の自由を何だと思っているんだ!」と言って激しく抗議しました。
 しかし宮村は、「えらそうなことを言うな。お前に人権を主張する資格などない」「俺はお前を監禁なんかしてない。家族が保護しているんだ。出して貰いたければ家族に言え」「お前は全然人の話を聞いていない」「頭を使え。自分の頭で良く考えろ」「自分の頭で考えられるようになるまではここから出られないぞ」「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ、家に座敷牢を作って死ぬまで閉じこめておく」などと述べて私に棄教を強要しました。
あとで、宮村のこの「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ、家に座敷牢を作って死ぬまで閉じこめておく」という言葉を念頭に置いておけば理解しやすい妹の暴言が出てくる。ここはこのまま進めるとする。以下、拉致監禁の実態を知らなさすぎる文言が通知書で続く。
このマンションに平成9年12月末から申立人が追い出された平成20年2月10日までに一緒に住んでいたものは、母、兄、兄嫁、妹の4人であるが、兄嫁は、平成10年の春ごろから平成11年年末まで体調を崩して自宅に戻っており、マンションには週に2,3日の頻度で通っていた。平成12年3月には病気で3週間入院し、同年5月からはアルバイトを始めたので、平成15年末までは、マンションには偶に行く程度で平成16年2月ころからはずっと同居していた。兄は、仕事を平成13年1月で辞め、平成16年3月に就職するまではずっと同居していた。しかし1週間に1回以上は自宅に帰っていたし、マンションにいた日であっても、図書館等に出かけて不在の時もある。平成16年3月に仕事に就いてからは1,2年の間はマンションに全く行っておらず、その間、申立人とは一切会っていない。したがって母と妹の3人だけの生活がほとんどであり、一人が買い物等で外出すると部屋には申立人と二人だけになる。母は内科、整形外科、眼科等の病院通い、妹も通院やスポーツクラブに通っていたことから、二人だけという機会は少なくない。
玄関の内側に特殊な鍵をつけているので、番号さえ後藤氏に知らせなければ、家族はたった一人でも後藤氏を拉致監禁することが可能なのだ。しかもそれは鍵がついていただろうという推測ではなく、後藤氏は実際に見たと何度も証言しているのだ。
マンションの点検等で修理業者等が部屋に入ったこともある。エアコンの取り付け業者、給湯管交換業者、排水管清掃業者、外壁工事等の多数の業者が出入り等をしていたが、申立人はこれらの人たちに助けを求めたり、その際に脱出をしようとしたこともない。その際に脱出をしようとしたこともない。
申立人は、業者が被疑者と内通している可能性があると考えたので、助けを求めなかったというが、それは自分の思い込みだけであり、1度も行動していないことを考えると、真実そのように考えていたのか疑問である。
徹底して被疑者支持の見解である。修理業者などに助けを求めても、雇われた人たちは、余計なことをすればこの部屋の借主から仕事をもらえなくなる。そのことを考えれば、後藤氏の要望に応じることはできないであろう。またどのような会話があったか、宮村氏が業者に聞けば、業者は答えるだろう、とするとへたな会話もできない。そういうことくらい、検討してもいいのではないか。
平成13年2月の行動を抗議行動というのであれば、なぜこの1ヶ月間だけ行ったのか、どうして兄がいるときだけに行ったのか、より効果的な女性だけの時に行わなかったのか、みんなが寝静まってから行わなかったのはなぜか、また脱出する意思があるなら、自分が今いる場所はどこであるのかを知ることは重要なことであるが、申立人はマンションを追い出されて初めて知ったと述べている。調べる気持ちがあるなら、配達された郵便物や新聞の領収書、電気の資料量の通知書等で容易に分かることであり、調べようとした形跡は記録上認められない。
この文章もまた、実際に自分の身に起きたこととしてとらえきれていないので、自家撞着に陥っている。脱出する意思があるなら自分が今いる場所を知ることは重要だと書いておきながら、それならばまず郵便物や新聞領収証、電気使用量の通知書などというものを、後藤さんの目に付くところに被疑者らが置くはずがないではないか。自分が拉致監禁されたら、まずそういったもので位置確認をするだろう、自分が拉致監禁する立場だったら、位置を知らせないために、そういったものをターゲットには絶対見せないだろう、ということになぜ気がつかないのか。まさか、気がついていてもこういう文章を作ったということか、と思われても致し方がないだろう。さらに、次の文章は、これまた自家撞着に陥っている。また完璧なる偽証を被疑者らが行っている。
平成16年、17年、18年の4月に断食をおこなったことは事実であるが、被疑者は断食は統一教会の行いの一つであり、一般的な言葉でいいかえると願掛けのようなものであると述べ、1回目の断食をおこなうに至った理由ははっきりしないが、申立人のトレーニングをしている掛け声がうるさいと兄嫁が注意したことから口論になり、それから断食を始めた、2回目はハングル語の教材の要求を拒否されたことから、3回目はノートを要求して拒否されて、それぞれ始めており、監禁に抗議してというものではなかったという被疑者の主張は理解できる。
申立人は、統一教会の教えとして、家族に教え広めて手を差し伸べる対象であることや、兄、兄嫁、妹が教祖を裏切っており、当然天罰を受けることになるとの思いから、家族に誤解を解いて救いたいという気持ちがあったと述べており、そのためにとどまっていたものと考えられる。
このどこが偽証であり嘘であるかというと、後藤氏が行ったハンガーストライキが断食であると称している点である。後藤氏の兄も、兄嫁も、妹も、元統一教会員であった。ならば、統一教会員が断食の行に入るときの手続きを知っているはずだ。統一教会で行を行うときには、必ず責任者に「報告、連絡、相談」を行うことになっている。これは宮村氏のような拉致監禁請負人は皆知っていることである。つまり、「報告、連絡、相談」ができない後藤氏が、断食の行を行うことは不可能なのである。それを被疑者らが検察に、後藤氏は断食行を行ったと証言したなら、それは偽証になるのだ。先に、統一教会員が救出に来るのを防ぐために特殊な鍵を玄関、ドアチェーンに取り付けたというのも、後藤氏のハンガーストライキを断食と称するならば、偽証となるのだ。なぜなら今述べたように、断食は責任者に報告しなければ行として認められず、このことと統一教会員に合わせないという行為は二律背反となるからだ。

今回の指摘で、読者には理解いただけたことと思うが、兄、兄嫁、妹が元統一教会員であるので、統一教会員に会わせない、連絡もとらせないという状態で後藤氏のハンガーストライキを断食と称するのは、完全に偽証である。また断食であると言いながら、統一教会員には救出に来させないために会わせないようにする、というのも、検察及び検察審査会の書史を欺く虚言なのである。したがってこの虚言に気が付かず、謝って被疑者らの言い分を採用したこの通知書も、二律背反の、どうしようもない文章になっているのである。
posted by 原田和彦 at 02:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 検察審査会議決通知書を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 原田さんへ

 小沢さんの「起訴不相当」の議決にはそれなりの詳細な理由書が書いてあると思います。なぜなら、小沢さんを起訴せよ(結果として犯罪者になる可能性あり)というわけですから、詳細に書く義務がある。

 しかしながら、「不起訴相当」の議決文はどうなっているのか。後藤案件のように、詳細に書かれているかどうか。他の事件のことを調べたいと思っています。

 私はさいたま地裁で、棄却文章を調べてみるつもりです。
 原田さんも、東京地裁、あるいは地裁八王子支部で、文章をチェックしてみませんか。
Posted by 米本 at 2010年12月04日 20:16
平日に休みが取れないので、土曜日に閲覧させていただけるかどうか、探してみます。
Posted by 原田和彦 at 2010年12月06日 23:52
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