韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(1)
韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(2)〜(5)はこちらでどうぞ

2010年11月20日

検察審査会議決に有田氏も疑惑の目(小沢氏分ですが)

検察審査会議決通知書を読む(8)─恣意的な議決が行われたとしても闇に隠されたまま統一教会,統一協会,救出,検察審査会,相談,相談会,説明,説明会,脱会,説得,宮村峻,宮村
前回のコメント欄で予告したが、法律に関して素人集団の検察審査会メンバーがどうしてこんな立派な通知書を書けたのか。この疑問を最初に持ったのは、ジャーナリストの米本和広氏である。拉致監禁をなくす会のコメント欄でこの点を指摘している。<後藤副代表、検察審査会「不起訴相当」に対するコメント>のコメント欄で、「最大の疑問は前述したように、議決文がまるで判決文の如く、精密にして精緻だという点である。」と述べている。それで、今回はこうした問題点に触れておきたい。さて、そう考えているうちに、有田芳生氏も検察審査会のあり方には疑問を持っていることを知った。彼のブログ「酔醒漫録」で、後藤徹氏の件に関して議決した「東京第4検察審査会」については、議決を錦の御旗のように高々と掲げたが、その前後の小沢一郎氏の件についての「第5検察審査会」の議決については、検察審査会のあり方自体に疑義を呈するという、真に不可解な記事を書いている。その矛盾については今回はさておくとして、検察審査会のあり方への疑義については、検討してみる価値はありそうだ。

ここで、おもしろいことに気がついた。それは、拉致監禁・脱会説得に関しては水と油の米本氏と有田氏だが、検察審査会のあり方に対しては、似たような疑問を持っているということだ。そこで、米本氏と有田氏の検察審査会に関する疑問点をまとめると次のようになる。参考資料は
拉致監禁をなくす会:
http://rachi.info/article/166465165.html
有田芳生の「酔醒漫録」:
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/10/post_e5be.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/10/post_0326.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/10/post_e141.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/11/post_38d2.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/11/post_9156.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/11/post_d16f.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/11/post_8ac8.html
それで、上記の資料からまとめてみると
<米本氏>
・議決通知書をだれが書いたのか。国民からくじ引きで選ばれた素人が書いたとは思えない、判決文のような文書である。
・法律にも、誰が書くか明記する明確な規定がない。
・弁護士を審査補助員を委嘱することはできるが、補助審査員が書くことはできない。
・補助員が作成の補助をすることはでき、プロである弁護士がたたき台を書けば、素人の審査員は異を唱えることは難しい。
・検察審査会の要請があれば検察官が出席して書類提出と意見陳述ができる。
・単なる議決書ではなく、なぜあれほど緻密な文書を書かなければならなかったか。
<有田氏>
・審査員の選出プロセスが不透明。
・小沢一郎氏の議決時には2回とも審査員の平均年齢が34・55歳(平均年齢で30代が2回連続で当選する確率は100万分の7)。
・内閣から独立しているので、内実は分からない。
・コンピューターでくじを引くのは事務局長。
・会議録はあるが、議事録はない(義務付けはされているが、作らなかった場合の罰則規定がない)。
以上のような問題点が見えてきた。米本氏は自身のブログで扱うと言っているので、その分析を期待することにする。

有田氏は11月8日付の記事で、なんと、「したがって、恣意的な議決が行われたとしても闇に隠されたままなのである。」と書いている。もう一度記す。

したがって、恣意的な議決が行われたとしても闇に隠されたままなのである。

もう一度

したがって、恣意的な議決が行われたとしても闇に隠されたままなのである。


これ以上やると「しつこいぞ」とコメントされるかもしれないので、止めておくが、有田氏からこの言葉を聞くことになろうとは。やっぱり、だれが見ても、検察審査会の議決通知書はおかしいのだ。
posted by 原田和彦 at 22:21| Comment(5) | TrackBack(0) | 検察審査会議決通知書を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 裁判員が取り扱う事件(とりわけ死刑もありうる事件)が、マスコミで連日、報道されています。

 ところで、裁判員も検察審査員も、広く国民から選ばれるという点では、まったく同じです。違いはありません。
 ところが、裁判員のことや裁判委員制度のことは毎日のように報じられているのに対して、検察審査委員のことは明石事件や小沢事件などを除けば、まったくマスコミは取り上げていません。

 なぜなのでしょうか。

 それは、有田氏が疑問を呈しているように情報公開がないからです。公開情報がなければ、記者は書きようがありません。

 今回の原田さんの記事(原田さんの素朴の疑問。それは私や有田氏にも共通するもの)を、思慮しながら、再度読んでください。

 裁判員は公開の裁判に「裁く当事者」として参加し、証拠を読み、事件の当事者(被告人・被告代理人・検察・被害者)の声に耳を傾け、そして事件に対する判断を裁判官に述べます。そして、裁判官は裁判員の判断をもとに、判決文を書く。

 それに対して、検察審査員は、証拠を読んで(?)、棄却の理由文を書く。後藤監禁事件に関していえば、体重がどうしたとか、靴がどうしたとか・・実に精緻に。

 明らかに変なのです。
Posted by 米本 at 2010年11月21日 21:51
米本さん

検察審査会の審議は実質1日だけと聞いたことがあります。警察や検察が相当の日時をかけて集めた調書や証拠、陳述書を、1日だけの審議でチェックして議決するというのも、相当無謀なことであると思います。市民参加といえば聞こえはいいけれども、プロ集団を相手に一般市民がチェック機能を持つには、それ相応のシステムにしないと、形だけの市民参加になりますね。
Posted by 原田和彦 at 2010年11月21日 23:59
検察の恣意

詳細な説明、ありがとうございます。
改めて、検察の恣意に基づいて(後藤監禁事件については「不起訴」ありきで)、形式的な審議が行われただけなんだな、という思いを強くしました。

付け加えて言いますと、今回の話は、有田氏のダブルスタンダード、二枚舌がよ〜く分かりますね。
視聴者にウケるためなら、活動目的のためなら、口から出任せで、論をぶちまける。この人物の話は、眉にツバをつけなければ聞けませんね。
Posted by みんな at 2010年11月22日 12:16
みんなさん

一方で恣意的といいながら、他方でそういう可能性に全く言及せずに錦の御旗にするわけですから、ジャーナリスト失格。国会の質問でも、どこかに偏った恣意的なものがないか、要チェックですね。
Posted by 原田和彦 at 2010年11月22日 12:47
みんなさんへ

申し訳ないのですが、みんなさんの投稿は清水牧師と同じで、言葉が浮いています。

もう少し、考え考え、投稿されたほうがいいと思います。

うしきちさんと同じような感じです。言葉がきつくなってごめんだけど。

「しっかり自分で考えて」と書いたら、清水牧師は反発しました。みんなさんも、同じように反発しないでくださいね。
Posted by 米本 at 2010年11月22日 19:03
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/170082171

この記事へのトラックバック
にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 家族ブログ 親子引き離しへ
にほんブログ村
にほんブログ村 その他生活ブログ 事故・争いへ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 新興宗教へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。