韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(1)
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2010年10月27日

鳥海氏の体験と酷似している後藤氏の京王プラザホテルでの拉致監禁

検察審査会議決通知書を読む(3)─抜け落ちている京王プラザホテルでの拉致監禁統一教会,統一協会,救出,検察審査会,相談,相談会,説明,説明会,脱会,説得,宮村峻,宮村
検察審査会議決通知書には後藤さんの最初の拉致監禁のことが触れられていない。京王プラザホテルでの拉致監禁だ。だが、拉致監禁が信者の親兄弟、親族が自ら覚悟を決めて計画して実行されるものではなく、宮村氏の指示のもとに行われるものだということを確認するため、最初の拉致監禁の段階から見ていく。またそれと対比させる形で、鳥海豊氏の著書「監禁250日─証言『脱会屋のすべて』」(光言社刊、1994年)から、同じような部分をピックアップしていく。

拉致監禁問題に詳しいジャーナリスト米本和広氏の「火の粉を払え」ブログの「後藤徹の陳述書A」によると、後藤さんが最初に拉致監禁されたのは1987年10月のことである。この時後藤さんは、兄から「教会のことで話をしたい」と呼び出しを受けている。

兄は、後藤さんを統一教会に導いた人で、統一教会用語でいうと「霊の親」といわれる。兄は、宮村氏により脱会説得を受け、離教した。宮村氏に指導された両親らにより自動車に乗せられて監禁場所に移動する際、自動車から逃げ出そうとして両親らともみ合いになり、警察沙汰にまでなったそうである。

後藤さんの検察審査会議決通知書の問題で、この兄の事件は一見無関係に見えるかもしれないが、そうではない。自分の意思で監禁場所まで行ったかどうかを通知書では審議したとしている。靴を履いたかどうか、自分で車に乗ったかどうかなどということが審議されている。しかし、宮村氏指導による拉致監禁は、この兄の例から見る限り、自動車から逃げ出そうとしてもみ合いになり、警察沙汰になるほど抵抗した人がいるということである。それでも宮村氏指導による拉致監禁は成功してしまった。つまりもみ合いになるほど、騒動になるほど自由を求めても抵抗しても、警察は保護しなかったということだ。後藤さんが検察に提出した陳述書を検察審査会の人が読んだとすれば、この点に目を留めてもいいはずだ。もっとも、後藤さんの件では兄は宮村氏側に立ってしまったのだから、宮村氏側に有利な陳情書を書いたことは容易に想像できるが。

さて、後藤さんは1987年10月のこの日、兄の指定した京王プラザホテルの一室に入った。そこにはすでに両親が待機していた。詳しくは先に紹介した米本氏のブログ「火の粉を払え」の「後藤徹の陳述書A」を読んでいただきたいが、兄から脱会説得を受け、その際「気がつくと、部屋の入り口のドアは何らかの細工により中から開かないように固定され、部屋から出られない状態になっていました。」とのことである。

家族親族からの拉致監禁は、常識的には理解しにくいことである。だがもうひとつ、大変似た事例が出てくれば、ありうること、いや、あったことと認定せざるを得ない。宮村氏の指導で家族親族から拉致監禁された鳥海氏の例を挙げよう。先に紹介した鳥海氏の著書の14ページ以降から拉致監禁の様子を紹介する。1991年4月7日午後5時に東京・大田区の実家に帰った鳥海氏は、夜8時ごろから仏間で、親子兄弟と教会関係の話を始めた。しばらくして親族が20人ほど、仏間に入れるルートのすべてから同時に入ってきた。鳥海氏は拉致監禁だと気がついても、これでは逃げられない。

鳥海氏は家族や親族から、「別の場所で」話し合いをしようと提案された。しかし、皆は一切場所について明らかにしない。押し問答の末に、鳥海氏は男性10人くらいから組み伏せられ、手をかむなど抵抗した。が、母親からフトンムシにするとまでいわれ、しぶしぶ場所の移動を承諾した。しかし、承諾したと言っても、それは信用されず、羽交い絞めにされてワゴン車に押し込まれたのである。そして連れて行かれた先が新宿の京王プラザホテルである。

京王プラザホテルに行く経緯は後藤氏と違うが、そこから先はほぼ同じコースをたどる。鳥海氏の記憶では36階の、部屋が二つつながった部屋に連れ込まれた。鳥海氏は二つ目の奥の部屋に監禁されたがその部屋のドアの前には大きな鏡台が置かれてふさがれ、ドアロックもあった。隣の部屋には両親や親族が見張っていて、その部屋からの脱出は不可能だった。その親族に交じって、鳥海氏を待っていたのが、このブログの主人公、宮村峻氏と、YAMAさんの連載に登場した高森陽子氏だった(鳥海氏の著書では本名が書いてあるが、ここではYAMAさんの連載との兼ね合い上、仮名で統一する)。

後藤さんはその後、
私は一方的に監禁されたことに憤慨し、「出せ!」と叫んで騒ぎ立てました。
このため両親及び兄と取っ組み合いになりましたが、多勢に無勢のため取り押さえられました。
その後、宮村峻が元統一教会信者を数人連れて部屋に来るようになり、脱会説得を受け、棄教を強要されました。

という状況を迎えた。後藤さんはこのままでは部屋を出られないと判断し、偽装脱会を決断。一週間後杉並区のあるマンションに移送された。

これに対して鳥海氏はどうか。鳥海氏が次の場所に移送されたのは5月1日だから、4月7日から1ヶ月近く京王プラザホテルの一室に閉じ込められたことになる。

宮村氏が鳥海氏に自己紹介するシーンがある。「自己紹介しておこう。おれが宮村だ。荻窪栄光教会の宮村だ。君が鳥海君か」。

話の筋からはズレたが、「おれが宮村だ」という言葉が妙に懐かしかった。筆者も元婚約者を救出に行ったとき、宮村氏と遭遇し、そういわれたことがあった。宮村氏は誰に対しても「おれ様」意識なのだ。

鳥海氏の著書によれば、自己紹介の後、次のように語ったという。
お前はもうここから出られない。ここから出るためには、落ちる(統一教会によって明かされる、神様と理念に対する信仰を捨て、教会を辞めること)しかない
京王プラザホテルについてからのコースは後藤さんとほぼ同じであることが分かる。つまり、この二つの監禁の背後には、明らかにマニュアルがあると見ることができる。
posted by 原田和彦 at 13:06| Comment(8) | TrackBack(0) | 検察審査会議決通知書を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 新宿の「京王プラザホテル」が一つのキーワードだと思っています。

 初めて明かすことですが、ある婦人から相談を受けたことがあります。
 そのご婦人は某大手出版社の役員の妻ということで、統一教会に入信した息子を脱会させるために、宮村氏の勉強会に参加しているということでした。

 相談内容は、むろん宮村氏が指導するような拉致監禁の方法を取りたくない、もっといい方法はないものかというものでした。

 勉強会は京王プラザホテルでやっているということでした。参加費は1万円。それでそのご婦人の弟だということにしてもらって、私も参加できないかと提案しました。
 その後連絡はなくなりました。電話の話し方からすると、どこか精神の状態が良くないような感じでした。

 それで、この件は本に書くことができませんでした。

 察するに、金持ちの信者家族の勉強会は参加費1万円の京王プラザホテル、一般の信者家族は公民館−ということではないでしょうか。

 京王プラザホテルに勤務している教会員がいれば、いろんなことがわかるはずです。
 月に一回の勉強会だったと聞いていたので、毎日、京王プラザに張り込もうかと考えたこともありました。

 今でもやっているのではないかと思っています。

 宮村にやられた人が親に、「どこで勉強会をやっていたのか」を聞けば、わかると思いますが・・・。
Posted by 米本 at 2010年10月27日 17:29
なんでいつも京王プラザなんでしょう?業務提携?

わたしが偽装脱会してたとき、ある元信者の脱会祝いに参加したことがありますが、そのときも京王プラザのレストランでした。
あのお友達の高澤牧師も神戸からいらしてました。

私が前述の元信者の脱会説得に、同行してほしいとお誘いをうけたことがありますが、その時の誘い文句は゛神戸オリエンタルホテルで旨いものを食わしてやる゛でした。高級ホテルがお好きなんですね〜
説得には、かけねのない愛情が必要っていってらっしゃるのに、人を食べ物でつるなんてね〜

今日、図書館から゛親は何を知るべきか゛を借りて少しだけ読みました。昔のことを思いだし、気分が悪くなりました。

この本に書いてあることは、拉致監禁を行っていることを認めてるようにしか思えません。
ですが、破壊的カルトは、特定の宗教を信じこまされているから、信教の自由を侵してると主張するような弁護士さんが束になってしまうと、監禁してないことになってしまうんでしょうね。
ついでながら、この本の編者マインドコントロール研究所所長、パスカル氏にお目にかかったことがあります。場所は西央マンションです。個人的には、柔道のために来日したパスカル氏が何故、この世界に足を踏み入れたのかは気になりますが・・。
Posted by YAMA at 2010年10月27日 22:07
米本様
キーワードは京王プラザホテルですか。宮村氏はさすがに大御所だけあって、やられた人で教会に残っている人は少ないのだそうです。しかし、つてを探して、調べてみたいと思います。

YAMAさま
確かに、あの本は、被害者の方にとっては大変重い本だと思います。あの本と、後藤さんの陳述書、YAMAさんの体験談、鳥海さんや小出さんの本との照合で、拉致監禁を知らない方々にもほぼ確実に理解できる論証となるのではないかと思っています。今後ともよろしくお願いします。
Posted by 原田和彦 at 2010年10月28日 04:22
京王プラザが監禁場所!?
「鳥海氏が次の場所に移送されたのは5月1日だから、4月7日から1ヶ月近く京王プラザホテルの一室に閉じ込められたことになる」
京王プラザが勉強会の開催場所になるのは分かる気がするのですが、監禁場所にもなっている、というのは驚きです。

京王プラザにしてみれば、利用目的などは、ある意味どうでもいいわけで、監禁とは無関係、ということになるのでしょうが、もし、薄々でも拉致監禁目的で部屋を使用していることを知っていたとしたら、これはとんでもない話です。

「今でもやっているのではないかと思っています」
ということは、1987年からの常連で、同様の団体名か会合名で部屋(ないしは会議室)を借りているわけでしょうから、もしかして、拉致監禁グループと京王プラザとは、すでに深い利害関係で結ばれているのかもしれませんね。

京王プラザホテル。ちょっと見る目が変わりましたね。
Posted by みんな at 2010年10月28日 08:44
帝国ホテルと京王プラザホテルは同じサービスなのかどうか分かりませんが、私が世界日報社の新人記者として研修を受けていたとき、帝国ホテルで久保木会長の部屋として常用で借りている部屋で研修を受けていたことがあります。京王プラザホテルでも定宿として使う人のための部屋があるのかも。そういうものがあれば、部屋を多少細工したとしても、ホテル側で気がつかないものもあるかもしれません。
Posted by 原田和彦 at 2010年10月28日 10:31
YAMAさん
<私が前述の元信者の脱会説得に、同行してほしいとお誘いをうけたことがありますが、その時の誘い文句は゛神戸オリエンタルホテルで旨いものを食わしてやる゛でした。高級ホテルがお好きなんですね〜>

 爆笑!座布団3枚!

 パスカル氏が西央マンションに顔を出していたなんて、驚きです。彼に対する見方を変えなくてはならなくなりました。情報感謝です。
Posted by 米本 at 2010年10月28日 13:23
米本さん
お座布団ありがとうございました。m(__)m

宮村氏は直接電話をかけてきましたよ。すでに、宮村氏とは、完全に縁がきれたぐらいに思ってるときに突然の電話で・・。かなり動悸がしました。監禁説得を楽しんでいるみたいな態度にがっかりしました。どんなに絶景の夜景を楽しめる高級ホテルのディナーでも、私には無理というものです。

電話をきったとたん母親に噛みつきました。監禁のお手伝いなんて真っ平ごめんだと。

ついでに食べ物で人をつる宮村氏の態度を批判しました。


パスカル氏の件は実ははじめて公開の内容です。取り巻きの皆さんが、けっこう親しげにお話をしていたので、けっこう交流があったのかもしれません。
Posted by YAMA at 2010年10月28日 20:52
パスカル氏の件、驚きました。宮村氏、高澤牧師、パスカル氏、松永牧師…拉致監禁カルテット?拉致監禁network?その中心にしっかり宮村氏がいるわけですね。
Posted by 原田和彦 at 2010年10月29日 09:52
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