韓国SBS放送の『統一教会信者拉致監禁事件-きよみ13年ぶりの帰郷』(1)
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2010年10月10日

説得現場で振るわれた暴力

宮村氏の性格について─小出氏に聞くC統一教会,統一協会,救出,検察審査会,相談,相談会,説明,説明会,脱会,説得,宮村峻,宮村
宮村氏が基本的人権を侵害していないと言いながら、実は暴力をふるって退会させていることが、小出氏の著書「人さらいからの脱出」の23ページに記されている。少し引用する。
mezonnishiogiMITORIZU2.jpg
メゾン西荻909号の見取り図
(「人さらいからの脱出」掲載の図をアレンジ)
私は小手先のへ理屈だけであれこれ攻めてくる宮村氏を無視して、構わず「基本的人権」を訴え続けた。
そんな私に耐えかねたのか、宮村氏はついにテーブルの上に身を乗り出して私の方をにらみつけ、「おれはこうやってにらめっこを最高3時間くらいしたことがあるんだ」と威嚇してきた。私が横を向いてしまうと、今度は胸ぐらをつかんできた。
すかさず「暴力はやめていただきたい」と言うと、さっとその手を離した。
そんなやり取りがあり、宮村氏らは、その日はあきらめて帰っていった。


小出氏への脱会説得では、胸ぐらをつかんだだけで終わった。これだけでも十分に暴力的脅迫である。が、小出氏は、このほかの人の脱会説得の際に、宮村氏は胸ぐらをつかみ、その被害者を畳にたたきつけたという。この被害者はその後、それで目が覚めたと語ったそうである。つまりは、脱会説得を暴力を用いて行ったわけである。このパターンが小出氏に通用すると思って実行したのであろうが、どっこい小出氏には通用しなかった。先の被害者を畳にたたきつけ、それで目が覚めたと被害者が語ったことで、宮村氏は暴力もまた愛情表現の一つだと錯覚したのではないか。

また同書の22ページでは、統一教会では憲法より天法が優先すると言っているのに、小出氏が憲法を盾に基本的人権を主張するのはおかしいと宮村氏が語ったと記されている。統一教会で憲法より天法が優先するといっているのは、別に基本的人権を侵していいということを言っているわけではないのだが、宮村氏は統一教会の言葉を我田引水的に利用し、統一教会の信者である小出氏に対して、基本的人権を主張するなと言っているわけだ。基本的人権を無視した拉致監禁をしているのに、していないとウソをつき、そのウソがまた別の言葉の端々で露呈するという、真に稚拙な脱会説得を行っているのである。

また宮村氏の特徴のもう一つの点として、必ず周りの取り巻きや被害者の両親同行者に同意を押しつけるという行動を取る。取り巻きには「そうだよな」、被害者の両親には「そうですよね」と同意を促す。両親は「はい、その通りです」と答え、取り巻きたちはうなずきながら一言一言悪口を付け加える。この様子に、「両親がこんな奴のいいなりになっている姿に怒りを感じた」、「取り巻きたちは統一原理が全く分かっていないと思った」と小出氏は述懐する。この点については本ブログの連載でYAMAさんも「YAMAさんの体験談@ 宮村氏の性格と思考─取り巻きは判で押したように氏に反応」で触れている。すなわち、

「彼は拉致・監禁などしていないと主張しました。そして一緒にいた元信者の人達に「この中に俺に拉致・監禁されたものはいるか?」と問いかけたのです。すると全員がまるで判を押したように「されていません。」と答えたのでした。とても気持ち悪く思いました。何か宮村氏に依存しきっているようなところが見受けられたからです。

と語っている。小出氏はこうした宮村氏と取り巻きの関係について、「宮村氏は絶えず誰かに支持されてないと気が済まない、気の弱いさびしがり屋なのだ」と述べている。
この記事へのコメント
<また宮村氏の特徴のもう一つの点として、必ず周りの取り巻きや被害者の両親同行者に同意を押しつけるという行動を取る。取り巻きには「そうだよな」、被害者の両親には「そうですよね」と同意を促す>

 これを読んで浮かんだのは、清水牧師の脱会説得のスタイルです。彼の場合、両親に同意を求めることはなかったけど、5、6人の取り巻きに「そうだろ?」といつも同意を求めていた。

 取り巻きも「先生の言う通りです」と同意しないと、偽装脱会を疑われ、また監禁部屋に逆戻りだから、卑屈になっていたそうです。なんだか寂しく憐れな光景が浮かびます。
Posted by 米本 at 2010年10月16日 08:46
清水牧師がそうであるように、宮村氏もまた自己愛者のようですね。それとも、森山・宮村式を学んだから同じような形になったのでしょうか。ヒトラー、スターリンなどの絶対権力者の寂しさと重なるような気がします。

取り巻きも、似ているような。監獄から出るためには、転向声明を出すしかなかった戦前の思想犯の方々。宮村氏も、清水氏も、ある狭い範囲の世界では絶対君主たる“天皇”ですね。正確に言えば、昭和天皇がヨーロッパの絶対君主と同じ立場であったかどうかは、分かりませんが。

宮村氏、清水牧師の考え方は、宗教や家族制とは無縁の、戦前の遺物ではないでしょうか。

Posted by 原田和彦 at 2010年10月16日 10:12
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